丙午年 八月 上浣 佐原 日の暮れがたに佐原へ入つた。をりしも本宿地区で山車を曳き廻す晩で、佐原囃子の音が鳴りつゞき、醉つた人々の聲も高い。宿に近󠄁い小さな店に入つて、ものを賴まうとした。主人は年老いた男で、ひどく醉つてゐる。いくら言ひ直しても、賴みごとはなか〱通󠄁らない。 よその聲太鼓にしづみ夜ぞ長き よその聲 太鼓にしづみ夜ぞ長き
翌日 雨が激しいので、茶屋に入つてしばらく休んだ。窗の外に中庭があるが、すつかり葦簀に蔽はれてゐる。わけを問ふと、夏のあひだは葦簀をいつもかうして置いたままにしておくのだといふ。 ひとひらの庭は野分の古瓦 ひとひらの 庭は野分の古瓦
丙午年 八月 中浣 品川 始發で品川へ。雨の朝だつた。幾度も來た場所なのに、いつも用事ばかり濟ませて歸つてゐた。この日はふと海のはうへ目を向けた。雨に煙る港が、どこか新しい景色に見えた。 終電の列なほ伸びる九月末 終電の列 なほ伸びる九月末